ラベル チラ裏 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル チラ裏 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年11月12日木曜日

どのジャンルにもいるよなあって話

「○○は✕✕でなければいけない」
「✕✕でない、✕✕が実現できていない○○である△はつまるところクソ」
 
こんな創作物についての評論が、インターネット眺めてるとよく流れてくるんですが、これってあなた個人の評価でしょ、それって「俺は✕✕してる○○が好き」って評価でしかないでしょって思うんですよね。
そういうの好きなら知らない人に偏見を植え付けるようなこと言わず「くださいな!」って言えばいいだけだと思うんですよ。
まあ若いうちは言ってしまいがちなんですけどね。いや、若くなくてもそういう人多いなあとも思いますが…
 
(※例えば明確な誤謬を含んでいた場合には色々必要なことがあるんですが、これはまたちょっと話の方向がズレるので次の機会にしましょうかね)
 
 
(本文とは特にカンケイない絵です)
 

カミさんが好きな歌手がファンにオールタイムベストの投票を募ってるんですけど、私にも投票しろっていうんですよ(笑)。で、自分は好きな曲もあるけど詳しくねえよって立場なので、シングルヒットしててパッと思い浮かぶ曲を主に伝えましたら、その後に「2ちゃんのベテランファンはその辺つまらないって言うんだよねえ」って言うんですよ。
もうね、元BUR◯N!!の酒井某氏の「なんでB◯RRN!!にセプルトゥーラやパンテラを載せなきゃいけねーんだよ!」という声が脳内に浮かびましたよね(笑)
 
まあよく言われることですが、そう言う新規ファンを遠ざけるような意見は傾聴に値しないのでスルーしてていいよね、って話になりました、当然ながら。文脈を大事にするのはいいけど原理主義的になっちゃうと新規参入を阻害するだけで、結局そのジャンルを衰退させるのはそういった排他的な古参ファンってことは往々にしてあります。個人的にも格ゲーやらメタルやらオタク文化やらで散々そういった話は体験していますので、耐性がついてますね。しかも2ちゃんだろ、便所の落書きだよ、と。
 
 
 
たまたまこんなことがあってタイムリーだったので書きましたが、まあ創作する側としても、そうやって自分で自分を縛り付けたり、他人を蔑んだりしてしまわないように、と意識するためにもメモしておきます。

2015年6月17日水曜日

できることをやりゃあいい、と思ってはいるものの、どうしてもあんな方法やこんな方法を試したくなってしまうのが悪い癖です。その度に凹むのにねえ。

筆を使うようにデジタルでも描ければ、などと思いつつ試行錯誤するうちに、リアル筆づかいすらおぼつかなくなってきました。アナログで描いてるやつはやっぱり放置プレイがデフォルトになってしまいます。子供が部活とかやってますと、親としてもそちらにとられる時間が多くなりがちで…っていう言い訳ですけど。

とはいえ
こんなつぶやきもありますが、こちとら1時間とれれば御の字なところ無理して2時間とるので寝不足になっちまって毎日後悔の連続であります。



結局自分の作品つくってねーじゃねーかってのはそれとして、頼まれたマンガやらカットやら、別垢含めてちょこちょこやってはおります。そう、マンガです。それがいちばん「できること」なんだからね。

モチーフの傾向が違うってだけで、別垢もうまいこと統合できればいいなーと思ってもいるんですが、なかなかいいアイデアが出てこないのでもう少し揉んでみようと思います。とか言ってると年が明けちゃうんだよな!もうすぐ折り返しだもんな!早くしないと人生終わっちゃうぞ!(言い過ぎ)

でもやっぱり上位Intuos欲しいし何なら液タブ(より困難)

2014年11月2日日曜日

私と画用紙と水と

珍しく白土三平なんか読んだせいかもしれない


アナログの描き方思い出すためにアクリルガッシュ使ったりしてます。でもうまくいかねーんだな久しぶりすぎて…

あ、ペン使ったモノクロマンガはいくつも描いてたんですけど、カラーの話ね。キャンバスにしか描けないっていうのは色々と都合が悪いと思ってまして…そうでもないのかな。そうでもないのかも知んないですけど。



やってて思ったのは、

  • 下絵ってのは大事だなーということ。
  • まず2トーンで描くのが吉ということ。
  • 水分量って忘れると色々つらい。
  • なんだかんだ不透明画法が合ってるみたい。
こんなとこです。

またタッチはこれとだいぶ違うけど、2ヶ月以上放置してる絵があるのでそれやったり、なるべくアナログやろうと思います。地区の仕事も今年いっぱいだから、年明けからはもうちょいできるかな!

2014年7月22日火曜日

うらおもてのない人格なんて無理ゲー

突然、当たり前のように暑いですね。


ひと月程、ペン(所謂”つけペン”ね)を練習したり筆で描く練習をしたり、なんとか暇を見つけて(30分だけ)キャンバスに向かったりしていましたが、とにかく自分の中で裏垢との棲み分けをしないとなんだかグダグダになりがちだなぁと思い、昨日思いつきで描いたものです。

チラ裏(物理的な意味でも)

なんとなく、本当なんとなーくこんな風に思います。思っただけ。実際との乖離とかあんまり考えてません。好きなもののリストアップしただけ。たぶん。だってどうせメタル聴いてんだもんおんなじだろ!



とりあえずこれ描いてわかったのは、ペンも筆も恐れる必要ない、むしろ手軽だ、ということですかね。

問題は色なんだよ色。塗り。もう5年もおんなじこと考えてるよ…




はー、がんばろう。がんばります。


追伸、今日は泡盛でした。

2014年6月14日土曜日

うた

「花」(Amaz◯nの段ボール、グワッシュ)

バンドやるっていうとどうしても「音」最優先に考えちゃうのは、プレイヤーだからだと思います。


ひとりで弾き語る人の「うた」を聴いてると、すごくいいなぁと思います。でもレコードだとバックバンドがいたりして、そっちの音が良くないとイマイチ入ってこなかったりします。

これって癖なんだろうなって。一概に悪いとも言い切れないんでしょうけど。



マンガ描きたいと思ってずっとモヤモヤしてるんですけど、それも似ていて、どうしても「絵」が気になってしまうからなんですよね、たぶん。


「うた」の歌い方を学んだら、マンガ描けるようになるかなぁ。

2014年4月16日水曜日

(何も考えずに描くとこうなります)


自分は周りから見て、どんな人間なんでしょうか?


自分ではこうなんじゃないか?とかこうありたい!とか、色々あると思うんですけど、やっぱり客観的に自分を見つめるのはヘタクソですね。全然分かんないです。

や、別に悩んでるとかそういうのじゃないんです。単純に、どう見えてるのかなあって。


例えば作品によって大分雰囲気も違うと思うし、例えばTwitterで書いてることとここでの感じも違うでしょう。なんかそういう…なんて言ったらいいのかよくわかんないですけど、そういう意味で「どんな風に見えてるのか」と。



やはり客観的に自分を判断するのって難しいですよね。だから普通はわりと『何か』に所属して、「(私は)何処そこの誰それです」って表現するんだと思います。
しかし昔から「所属」というものをしようとしない。…これは微妙な所なんですが、所属することに反発してるわけじゃなくて、しようとしない。所属することに意義を"見出そうとしない"ということなんでしょうか。

これは誤解されそうですが敢えてそれを恐れずにいうなら、その組織に所属していることに自分のアイデンティティを求めようとしない。
多分、それが上司だろうと先輩だろうとその人の名字やら名前やらで呼ぶ(もちろん呼び捨てじゃないですけど)癖に関係してるんじゃないかな。で、ベテラン・組織幹部はそこんとこがまた気に入らないと(笑)…まぁ生意気なヤツに映りますよねww



ええと、つまりなにが言いたいかと言うと、
『認めたくはないものだな、自分自身の社会性のなさと言うものを…』
みたいなね。

なんかねぇ、そんな風に見えてるんです自分からは。で、結局社会全体に対してもこんなスタンスだから、見る人たちからは「てめーはそのお気に食わねーお社会のご一員じゃねーとでもお言いかい?ぼうや!」みたいに見えてるのかなぁとww



ああ、いやこれは人格の部分なんですけど、そゆとこだけじゃなくて、自分の作品だとか発信してるものだとかそんなん全般的に知りたいんですけどもね。

ask.fmってサービスがあるでしょ。あれって案の定全然質問されないんですけど(爆)、もし逆バージョンがあったら大勢の人にきいてみたいこといっぱいあるんですよね。もちろんその場合は自分のことにとどまりませんけどね。



そんな感じで、機会があったら自分の印象を教えてほしいな、とか思いました。こっそりとね。

で、またまとまった作品数になったり、社会的な立ち位置がちょっと変わった時にまた聞いて比較してみるのもいいかも知れませんよね。

2014年2月23日日曜日

昭和89年



最近twitterなどで昭和昭和言っておりますが、自分にとっての原点はやっぱりマンガだな、そしてそれはやっぱり昭和のマンガだな、と感じています。


で、別垢で描いた"(結果的に)なんちゃって予告編マンガ"に関して、ああ動機はこれだな、と見つけてしまった感があります。それが画像。


元ネタはこれ。
FIVE
あまりにもそのまま(っていうかパロディだよこれはね!)ですが、その元ネタは言わずと知れたコレなわけで。
天才バカボン
なんといいますか、拗れているというか。実際バカボン自体はリアルタイムで見ていたわけでもないし(一時アニメもやってはいましたが)、むしろ赤塚不二夫や手塚治虫といった作家・その作品が象徴する時代の空気を、すでに評価が確定した作品によって「定説」みたいなものとして感じていたというか。そういった自分のルーツ的なモノを元ネタの元ネタから感じてつくったんじゃないかと。なんかそんな気がしたわけです。


…というわけで、どうしようかなこれ、みたいな(笑)
いや、アイデアが無いわけじゃないんですけどまだ自分の中で整理がついていないし、なんだかこれで落とし前つけちゃったみたいな形になってるし。もうこれで『オチ』にするのも悪くないんじゃねえかとか思ってるんですよねぇ。言い訳しちゃうと、とにかく時間が取れないってのもあるんです正直。マンガって思ったよりずっとエネルギーの要る創作なので。



話を戻すと、もうひとつ自分の中に発見したものがありまして、それもまたかたちにしたいな~と思ってたりします。そっちもまたどんだけ言語化できるか、作ってみないと…というか作ったってできるかどうかわかんないんですが。

結果が出たらまた書きますね。

2013年12月11日水曜日

たけのこ姫

かぐや姫を観ました。

南こうせつではなくて高畑勲の方です。


わかってるって…




内容については、基本的に原作に忠実で、でもやっぱり映画なので各部のディテールを掘り下げて、と言うものなのは言うまでもありません。

勢いそのディテールについて言及してしまうとネタバレなので、しません。

じゃあ何書くんだよと言えば、テーマ性ですよね。しかもごく大きいの。まあ基本チラ裏感想文なので、こいつはこうやって観たんだな〜って流してください。

やはりパクさんは昭和の人なんだろうと思います。そしてついでに自然を愛する、人間の可能性を信じる人なんだと。この辺はね、前回にも書いた『風の帰る場所』を読んで「やっぱなぁ~」と思ったというのもありますけど。

宮崎御大は人間は業を背負ったままそれでも行くしかねえんだよ、現実を卑下してみたってしょうがねえんだよ!みたいな感じですけど、パクさんはもうその現実そのものの美しさに気づこうぜ、という。
いや、勿論醜さ・愚かさ・滑稽さも描いてるんですけど、やはり今回は「足下もっかい見てみない?」って問いかけが強い気がします。

やっぱりね、人間を見る眼差しは労働者階級(と言うか時代背景的にも″被支配階級″と言うしかないんですが)のものです。もっと言えば、特に子どもへの視線はいわさきちひろ的と言いますか、影響受けてない訳がないですからお互いそこで「うん、うん」って言うw

で、今自分たちのすぐ周りにある美しいものを見失って「理想社会」みたいなものばかり追い求めても、自分たちが完璧でない以上完璧な世の中なんてやっぱり冷酷なもんだよ、無駄なんてないんだからさ、みたいな。

それに、その『無駄なもの』こそが『しあわせ』なんじゃねえのって言う、セリフも終盤のあちこちにありますし。でもまあこんな事は原作そのものの解釈の範疇でしかないんですが。



だけど、パクさんはそんな自己啓発セミナーみたいな結論で終わらせる人じゃないと思うんですよね。

その引っかかる理由は、彼の思想性の問題も勿論なんですが、姫が地球に来た理由、というところなんですよね。


途中、大きな転換点で(いやもうこれ書いたらみんな大体ストーリー知ってるしわかるだろうよ、って思っちゃいますけど)それについての言及がありますが、いまいちよく分かんなかった。文明社会への警鐘、とかそんな使い古されてきたエコだとか胡散臭いロハスだとかみたいな話だけじゃないと思いたい。

手塚治虫が関係あるんじゃないかとか思ったりもするんですが、はっきり思い出せないので掘り下げられないのです。

なので、これを掘り下げるためにもう一度観に行きたいです。

2013年11月26日火曜日

衝動買いした話題の本について

文庫化された『風の帰る場所』を読んでいます。



風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡 (文春ジブリ文庫)


『紅の豚』のところ("豚が人間に戻るまで 1992年7月インタビュー"[77頁〜])で、90年代やその先を予言するようなことを宮崎御大は言っているわけです。で、その区切りが『おもひでぽろぽろ』だったということで、その辺の流れの中で、何故自分が『魔女の宅急便』が大好きなのかというのが見えてしまって、なんだかすごく泣けました。

急にそんな事言われても、と皆さんおっしゃるでしょうが、まぁ全部書くといい加減長くて回りくどくてこっちが嫌になってしまいますので、書きません。まぁ、私は所謂"ロスト・ジェネレーション"だということ、あと夢見がちでかつ「反射で生きてた」(タモリ)系少年だった、ということだけ申し沿えておきます。…80年代のバカヤロー!!




そう言えば、魔女の宅急便って、それまでのジブリ作品で一番興行成績良かったんですね。てことは、おんなじようなこと思う大人が多かったのかも知れません。

それと、実写化された映画が公開されますが、予告編でちょっと萎えたのはみなさんと一緒です、多分。

2013年8月12日月曜日

風立ちぬ


http://kazetachinu.jp/


とにかくすごい映画でした。いろんな意味で。

いろんな人が論評してますから、もうわざわざそんなことする必要ないと思いますんで、全校芸術鑑賞会の感想文みたいな感じで。


まず真っ先に思ったことは、やっぱり「文学」ってことじゃないでしょうか。そうでなければ美術作品。アンデパンダン展とかに出てるような。

すごく淡々と、極めて美しく描く、それが骨格。パンフにも覚書が載ってましたね。
印象的だったのは、二郎がとにかく力を尽くして飛行機の開発をしたこと。全力で夢を追いかけたこと。これはとにかくキラキラと輝くくらいに描かれている。
でも、ついにその夢を果たしたこと。これについて全然肯定的に描かれてないんです。

元々、歴史を紐解けばその行く先が何だったのか、どうなったのかははじめからわかり切ってます。だからなのかな、飛行機の名前も、何もかもちっとも出てこない。どうなったか、何があったのかを文脈として踏まえた上で「説明しない」。考えさせる。

そのことで、歴史や時代より「人」あるいはその人生に焦点を当てています。

もしかすると、かつてちょっとお説教臭くなってしまい消化不良に終わったもののけ姫のリベンジなのかも知れませんね。



それと(人によっては全然気にもしないと思いますが個人的には)さらっと描かれるわりに象徴的に映ったのは

「男は仕事してこそ、だ」

とか

「俺達はただいい飛行機を作るだけ」

とかいう周囲の人の言葉。勿論先に触れた二郎の仕事、成果の描き方もですけど。否定してるわけじゃないんですけど、その結果どうなったっけ?って、事ある毎観客に問いかけてる気がします。

それは宮崎駿という人の思想、世界観ですよね。人によって評価が全然分かれるのは、これを受け入れるかそうでないか、ていうことなんでしょうか。
とすれば、誰かが論評した「私小説」という見方を、その意味でまったく、完全に支持します。



さて、感想文の割りには長くなりましたが(笑)、よく「子供向けではない」という意見を聞きます。

まあトトロみたいな解決感胸いっぱいのエンターテイメントではないから分かるんですが、これを子どもたちと見に行けるなら、全然行っていいんじゃないですかね。

あまり幼い子を連れてったらかわいそうかもだけど、小学校高学年以上なら(多少退屈に思うかもしれませんが)むしろ一度観て、歴史をちょっと勉強してみて、また少し大きくなってからもう一度観る、という体験でそのたびに違う何かを感じられる作品なんじゃないでしょうか。
あの圧倒的な美しさの映像が、その条件を充分過ぎるほど充分に満たしてしまっていると思います。映像の印象が強ければ強いほど、理解不能だからこそ「もう一度見てみたい」「どんな内容なのか確かめてみたい」と思わせてくれるんじゃないでしょうか(我々世代にとってはナウシカが限りなくそれに近かった気がします)。



正直、おっさんももう一回観たいです。菜穂子さんで爆死したいです。美しすぎてもう。


おっさんからは以上です。

2013年6月24日月曜日

今更ながら鑑賞しました。


新海誠作品最大の売りの美術はもうバッチリ。

更に『秒速五センチメートル』のリア充臭さというか、学生時代非モテだったおっさんや現在進行形でモテない男子学生諸君が胸や喉や頭をかきむしるような恋模様の描写はないので(テーマがそれなのはもうこの人の場合しょうがないw)安心して映像の美しさに没頭できます。



ストーリー部分では、はじめ若干観念的ナー、と思っていたんですが、進むにつれ普通にパラレルワールドを舞台にしたSFとしてすんなり入ってきた感じです。

おそらく舞台設定がマトリックスもびっくりなものだけに展開自体は伏線をきっちり回収しながら起承転結するオーソドックスなものだから、より映像や雰囲気に溺れることができたのでしょう。

つまり、どってことない話です。でもそれがキモなんだよこの人の作品って。

(でもやっぱり中学時代に何かしらコンプレックスを持つ恋愛上の出来事があったんだろなーって勘ぐっちゃうんですけどね)



さて、角度を変えてみると、戦争だ分断だ宇宙だなんだとギミックは出てくるが、世界そのものはごく個人的かつごく物質的に描かれているのが面白い。あまりネタバレになってもいけないのだけど、結局起き変わってしまう外宇宙ってのも「実在している」という点ですべて観念的とは言いがたい。

まぁそれでも『僕の好きなあの子が世界の秘密の鍵を握って苦しんでいるのを知っちゃったので彼女とついでに世界を僕が守っちゃうゾ!』みたいなのはつまりラピュタなんかと同じ構図で、民衆を主導してレーニンになっちゃうアリオンとは違って世界の変え方までごく個人的なのはどうなのかと思わないではないんだけど、この監督の場合もう風景を描くことが目的みたいなとこがあるので登場人物がごく少ないのはもうしょうがねぇのかなと(またか!)w

そこを押さえておけば逆にもうあの落ち着いた雰囲気の映像美に耽溺することができるわけですし、内容的には中高生に夢見させてやるにはいいんじゃないかなとも思います。所謂ジュヴナイルってやつ?

みんな大好き(バルス!)ラピュタだってナウシカだって、世界の変え方じゃなくて単純にあのスリリングな映像スペクタクルを楽しんでいた(いる)のであるから、優れた美術作品を鑑賞するのと同じ目的で子どもたちにも観せてやるべきじゃないか、というのが絵を描く親父としての感想でありました。



ストーリー重視派の罵声はスルーして買っとくかな。

2012年12月17日月曜日

ウィスキー1本分


「また絵描こう」って思った時のイメージが戻ってきたっていうか、やっとそのイメージを描ける自信?思い切り?がついたんじゃないかと思います。

これは、幻のタイルマン2ndデモのジャケになるはずだったイメージ。だと思う。しかも構図とかもうちょっと違う気もするけど。

タイルマンってのは昔組んでたバンドの名前です。




もう12年かぁ。


その頃からきっと、絵を描きたかったんじゃないか、とも思うね。

本当はね。