2013年12月11日水曜日

たけのこ姫

かぐや姫を観ました。

南こうせつではなくて高畑勲の方です。


わかってるって…




内容については、基本的に原作に忠実で、でもやっぱり映画なので各部のディテールを掘り下げて、と言うものなのは言うまでもありません。

勢いそのディテールについて言及してしまうとネタバレなので、しません。

じゃあ何書くんだよと言えば、テーマ性ですよね。しかもごく大きいの。まあ基本チラ裏感想文なので、こいつはこうやって観たんだな〜って流してください。

やはりパクさんは昭和の人なんだろうと思います。そしてついでに自然を愛する、人間の可能性を信じる人なんだと。この辺はね、前回にも書いた『風の帰る場所』を読んで「やっぱなぁ~」と思ったというのもありますけど。

宮崎御大は人間は業を背負ったままそれでも行くしかねえんだよ、現実を卑下してみたってしょうがねえんだよ!みたいな感じですけど、パクさんはもうその現実そのものの美しさに気づこうぜ、という。
いや、勿論醜さ・愚かさ・滑稽さも描いてるんですけど、やはり今回は「足下もっかい見てみない?」って問いかけが強い気がします。

やっぱりね、人間を見る眼差しは労働者階級(と言うか時代背景的にも″被支配階級″と言うしかないんですが)のものです。もっと言えば、特に子どもへの視線はいわさきちひろ的と言いますか、影響受けてない訳がないですからお互いそこで「うん、うん」って言うw

で、今自分たちのすぐ周りにある美しいものを見失って「理想社会」みたいなものばかり追い求めても、自分たちが完璧でない以上完璧な世の中なんてやっぱり冷酷なもんだよ、無駄なんてないんだからさ、みたいな。

それに、その『無駄なもの』こそが『しあわせ』なんじゃねえのって言う、セリフも終盤のあちこちにありますし。でもまあこんな事は原作そのものの解釈の範疇でしかないんですが。



だけど、パクさんはそんな自己啓発セミナーみたいな結論で終わらせる人じゃないと思うんですよね。

その引っかかる理由は、彼の思想性の問題も勿論なんですが、姫が地球に来た理由、というところなんですよね。


途中、大きな転換点で(いやもうこれ書いたらみんな大体ストーリー知ってるしわかるだろうよ、って思っちゃいますけど)それについての言及がありますが、いまいちよく分かんなかった。文明社会への警鐘、とかそんな使い古されてきたエコだとか胡散臭いロハスだとかみたいな話だけじゃないと思いたい。

手塚治虫が関係あるんじゃないかとか思ったりもするんですが、はっきり思い出せないので掘り下げられないのです。

なので、これを掘り下げるためにもう一度観に行きたいです。

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